1月 21

今から15年前、ある雑誌のコラムに記事を掲載していただいた時、大好きな良寛さまの句を引用させていただきました。
さけさけと 花にあるじをまかせられ
今日も酒酒 明日も酒酒
さらに遡ること明治34年(1901年)6月19日の「東北日報」に良寛さまの逸話としてこんな記事が掲載されていることを最近発見しました。
「迂生の祖父高嶋常右エ門 当時岩室村の村正たり詩歌俳諧を好む岩室山又酒禅と號す・・・」
なんと、良寛さまが托鉢の途中酒を飲みかわしていたのは「酒禅」と名乗っていた高島屋の祖先「高嶋常右エ門正貞」だったのです。わたしもてっきりお坊さんだとばかり思っていた人が実は祖先であったとは驚きです。
このことは新しい発見で明日(1/22)発売のサライ(小学館)でも紹介されています。
是非、ご覧ください。
良寛全集にはこのように書かれています。
(岩室の酒禅師君の許にまかりけるに、酒ばかりすすめらるるを)
さけさけと花にあるじを任せられ今日もさけさけ明日もさけさけ
※さけさけは酒々と咲け咲けの両意。
1月 14
晩白柚(ばんぺいゆ)
熊本特産の晩白柚(ばんぺいゆ)って、ご存知ですか。
とても大きなみかんです。見た目はグレープフルーツをさらに大きくした感じです。
パソコンと比べてみてその大きさがわかっていただると思います。
知り合いの方からいつも送っていただいています。
ありがとうございます。本当に。
1月 07
新年早々、風邪をひいてしまいました。
1月4日の新潟日報に大好きな良寛さんの詩が掲載されていましたので紹介します。
神馬藻(じんばそ)に 酒にわさびに 賜るは
春はさびしく あらせじとなり
わたしも寂しくないですね。
本年もよろしくお願いします。
12月 10
前にメールしましたが 不着の???のようで、プログの方に投稿いたします。 お元気ですか・・・その後、オコロビリになったりしたして オマヘンカ? 時折「タカシマヤ~さん」の評判をお聞きしたり 和子プログを盗み見したりし、オーカミさんも、失礼! 大女将様もガンバリハッテいるんやな~と偲んでおります。私はと言いますと「モウ アキマヘン」と言った状態です。一昨年末より「消化器系統」の病魔に好かれ、昨年末よりとうとう名誉ある「ガン患者」の仲間入り ・・・。半身不随の人は絶対「ガン」にはならないと思って居たので「ホントニビックラコイタ!。」普段、片麻痺のおかげかイタイカユイの前兆もなくトツゼン癌患者になった次第です。患者になって初めて「片麻痺の人は抵抗力、免疫力」が大幅に衰えていることを実感しました。こんな訳ですから「ピョコタン、ぴょこたん」の人たちは、健康に充分注意することが肝要ですゾ・・・・健康第一、第二にも健康!「健康はイノチより大切」で~す。 アッハハハハ・・・お陰様で現在別添の「闘病川柳」(後送)のように退院、自宅療養に専念しております。ご放念下さい。―――(閑話休題)―― 本題に入ります・・・・・ 「良寛全集 上・下巻」を、ひょんなことで入手しました。(虎谷の羊羹十本分ぐらいある重さで? ソレハそれはご立派なご本です。)読み終えてアアそうだ「良寛さまダイスキ~の お方がオラレタ」と思い起こしお伺いした次第です。進呈致しますのでどうぞ御遠慮なくお受け取り下さいマセ。このような良書は地元に納まるのが「ベター」と思われますので・・・もし既にお持ちの場合、それなりの処にでも寄贈して頂ければ幸甚です。最近のニュースは 次便で・・・取り敢えず ご機嫌よろしゅう・・ 二〇〇八年十一月二十日 ta2020@infoseek.jp 青木 偕朗拝
12月 03
11月19日、ママから電話がありました。
8時半でした。
16分もしゃべった。
おかしいなと思って、
「声がおかしいの? 風邪?」
と聞いたら
「酸素吸入をしているの」
「1日だけお医者さんから許可が出て、家に帰ってきたの」
とのことでした。
11月28日、亡くなりましたとききました。
ママが中心に発行している冊子「SHINOBU」の10号が10月末にとどいたばかり。
ママはきっとわかっていたんでしょうね。
11月12日が私の父の七回忌でした。父も大好きでしたので、迎えにきていたのでしょうか。
10月 15
干大根 今日も晴るるや 越後路
「干大根 今日も晴るるや 越後路」
昨日、則竹秀南老師(妙心寺霊雲院)と南圭様が綿屋にいらっしゃいました。
なんと、32年ほど、毎年いらしていただいています。
綿屋の先代(父)が当時崇拝していた山田無文老師に、是非、ご法話を賜りたいとお願いしていましたが、予定がつかずあきらめかけていた時、師走の12月30日だけ空いているとのことで、法話を賜ることができました。「師走」と言われるほど忙しいはずの30日にどうして空いていたのかとお尋ねしたところ「皆が大掃除をしているので、わしがいない方が仕事がはかどる」とのこと。
それ以来、30年以上も来ていただいています。
写真は佐潟にある山田無文老師の句碑です。